不倶戴天(ふぐたいてん)の

「不倶」は一緒にすることができないという意味をあらわし、「戴天」とは、同じ空のもとに暮らすことという意味の言葉です。

上記の事から不倶戴天は、生かしておけないほどの恨みや憎しみを持っていることや、憎しみ合う間柄のことをさす四字熟語です。

不倶戴天の言葉の由来は、古代中国の周から漢にかけて儒学者がまとめた礼に関する古説を戴聖(たいせい)らが編集した、「礼記(らいき)」に書かれた以下の文です。

「父の仇は、与に共に天を戴かず。兄弟の仇は、兵に反らず。交遊の仇は、国を同じくせず。」(意味:父の仇とともに同じ世で共に天を戴(いただ)くことはできず、すぐに殺すべきで、兄弟の仇は家に帰って武器を取ってくることをせず、いつでも武器を携えて直接闘って殺すべきで、友人の仇とは同じ国には住むことはできない。)

不倶戴天のシーンでの

不倶戴天は、相手方と友好的に接することが求められるビジネスシーンでは縁のない言葉です。

ビジネスにおいては、不倶戴天があらわすような敵をなるべく作らず、少しでも多くの人に好印象を持ってもらえるようなビジネスマンになることが重要です。

不倶戴天の例文

義昭にとって三好党は不倶戴天の敵である。
出典:池宮彰一郎『本能寺(上)』
況んや親の敵は不倶戴天の讐(あだ)なり。
出典:福沢諭吉「女大学評論」