ここでは、「塞翁が馬」の読み方やシーンでの使用法などについて解説しています。
「塞翁が馬」は中国の故事に由来する成語です。

日本では昔も今も人気が高く、大学や高校の入学試験にたびたび出題されますし、ビジネスシーンや文学作品など幅広いジャンルで使われています。
この記事を通して、「塞翁が馬」について、くわしく学ぶことができます。

意味をご存じの方も、完全に忘れたという方も、この記事で再確認していただければ幸いです。

塞翁が馬の読み方・意味・語源・

塞翁が馬の読み方

「塞翁が馬」は「さいおうがうま」と読みます。

塞翁が馬の意味

「塞翁が馬」の「塞」は、土を堤防のように盛って外敵を防ぐ「土塁」のことです。
それが転じて、国境に面した「砦(とりで)」の意味にもなります。

また「翁」は老人を意味します。

「塞翁が馬」をそのまま現代文にすると、「砦に住む老人の馬」になります。

故事成語としての「塞翁が馬」の意味は、「人の運不運や幸不幸はいつどのように変転するかわからない」ということを表し、それゆえ「目の前の運命や状況に一喜一憂するのは意味がない」と教え諭しています。

塞翁が馬の語源

「塞翁が馬」は、中国で前漢時代に編纂された思想書『淮南子(えなんじ)』に記載された以下の故事に由来しています。

むかし中国の北方のある要塞都市に、占いに通じた老人(塞翁)が、息子とともに暮らしていた。
ある日、塞翁の家で大切に飼われていた馬が遊牧民の広大な放牧地に逃げ出してしまった。
そのことを知った近隣の人々が気の毒がると、塞翁は平然として、「これが不幸かどうかはまだわからない。むしろ吉兆かもしれないよ」と言った。
はたして馬は数ヵ月後に美しい駿馬(しゅんめ)を引き連れて帰ってきた。
失ったと思われた馬が大きな利子をつけて戻ってきたことに人々はおどろき、塞翁の元に祝いに駆けつけると、塞翁は今度は浮かぬ顔をして、「これはむしろ災いになるだろう」と予言した。
はたしてその後、馬に乗って遊んでいた塞翁の息子が落馬して足を折ってしまった。
そこで近隣の人々が気の毒がってお見舞いに行くと、塞翁はなぜか平然として、「これはむしろ吉兆になるかもしれない」と予言した。
すると翌年、塞翁の国と隣国との間に戦乱が起き、若者たちは兵役にかり出されてほとんどが戦死したが、塞翁の息子は足のけがで兵役を免れたおかげで死なずにすんだ。

「塞翁が馬」はこの故事にたとえて、「人生では幸運が厄災の原因になったり、逆に凶事が幸運を招いたりすることが多々ある」という意味を表す成語になりました。

「人間万事塞翁が馬」とは

「人間万事塞翁が馬」は、故事成語の「塞翁が馬」に、「人間万事」という語を加えたです。
「人間万事(にんげんばんじ)」は「人間に起こりえるすべての禍福(運不運や幸不幸)」を意味する言葉です。

ただし「人間」を「じんかん」と読むと、意味が微妙に変わってきます。

「人間」を「じんかん」と読むのは誤読のようですが、「人間」を「じんかん」と読むと「人の住む世界」の意味に変わってきます。
そのため「人間万事塞翁が馬」を「じんかんばんじさいおうがうま」と読むと、「人間をとりまく社会や世間では、幸運が厄災の原因になったり、逆に凶事が幸運を招いたりすることが多々ある」といった意味になります。

ただ、「人間」=「人間社会・世間一般」という意味に解釈すれば、「人間」は「にんげん」でも「じんかん」でも、それほど大きな差はありません。
一般には「人間万事」は「にんげんばんじ」と読むことが多く、現代ではそれが正解とされますが、「人間万事」=「じんかんばんじ」という解釈も、決してまちがいではありません。

もしもビジネスシーンで「人間万事」を「じんかんばんじ」と読む人がいたら、「それ、まちがいでは?」と安易に否定せず、「さすが、よくご存じですね」とほめたたえてさしあげるのが良いでしょう。

塞翁が馬のビジネス上での使い方

ビジネスシーンで「塞翁が馬」を使用する場合、意味はふたつに大別できます。

ひとつは、成功時に慢心を戒めるためです。

この場合は「油断大敵」「勝って兜の緒を締めよ」と同じ意味で用いることができます。
ふたつめは、 不幸や挫折感にさいなまれている人を温かく励ますためです。

この場合は、「苦あれば楽あり」「冬来たりなば春遠からじ」と同様に「つらい時期は永遠ではない。もう少し耐え忍べば、必ず幸運が訪れる」という意味で用いられます。

「塞翁が馬」で慢心を戒める場合の例文

ご存知のように、このプロジェクトもようやく仮契約までこぎつけたわけだが、まだまだ油断は禁物だ。世の中は「塞翁が馬」だからな。本契約が成立するまで、ふんどしと兜の緒を締め直して、最後までがんばろう。

「塞翁が馬」を励ましの意味で用いる場合の例文

君はこの一年で両親を失い、奥さんには逃げられ、勤務先は倒産し、収入もないのにソシャゲにはまって課金で破産寸前なわけだが、「人間万事塞翁が馬」だ。あきらめるのはまだ早い。

塞翁が馬の類義語と例文

塞翁が馬の類義語としては、「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」「禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし)」をあげることができます。
「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」は「幸と不幸は表裏一体で、交互に訪れるものだ」という意味になります。

「禍福は糾える縄の如し」も、「禍(わざわい)と福とは、より合わせた縄のように緊密にからんでローテーションする」といった意味になります。

「塞翁が馬」の本来の意味からすると、老子の「禍福之所倚、福禍之所伏」(不運の裏には幸運が寄り添い、幸運の裏には不運がひそんでいる)という言葉が最も近いと言えますが、この言葉は日本語の故事成語になっていません。

「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」の例文

今年の広島東洋カープは、初夏に11連勝して首位独走かと思えば、翌月には11連敗して借金生活に逆戻りしたりと、まさに「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」のシーズンになった。

「禍福は糾える縄の如し」の例文

去年、僕の後輩がもらい事故で大けがをしたんだが、そのとき病院で知り合ったナースと先月、結婚したっていうのだから、まさに「禍福は糾える縄の如し」だね。

塞翁が馬の表現

塞翁が馬の英語表現としては、「Inscrutable are the ways of Heaven」と「Every cloud has a silver lining」のふたつが一般的です。

「Inscrutable are the ways of Heaven」は「天意ははかりがたきもの(神様のやることは人間には理解できないものだ)」という意味です。
「Every cloud has a silver lining」は有名なことわざのひとつです。

日本語に直訳すると「すべての雲に銀色の裏地がある」となりますが、この場合「liningは「裏地」ではなく、雲の輪郭が太陽の逆行を透かして光り輝くことを意味しています。
したがってこのことわざは「どんなに厚い雲にも光るところはある」=「どんなに困難な状況にも、光明はある」という意味になります。

まとめ

  • 「塞翁が馬」は「さいおうがうま」と読みます。
  • 「塞翁が馬」は「幸運と不運はいつ変転するかわからない」という意味の故事成語です。
  • 「塞翁が馬」の類語には、「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」「禍福は糾える縄の如し」があります。
  • 「塞翁が馬」の英語表現としては、「Inscrutable are the ways of Heaven」と「Every cloud has a silver lining」のふたつが一般的です。