怨憎会苦(おんぞうえく)の意味とは

怨憎会苦は仏教用語であり、人間が背負う八つの苦「四苦八苦」の一つです。

「怨憎会」は、怨み、憎み、嫌いあう者同士が会うことを意味し、「苦」は、仏教においては精神・肉体を悩ませる状態をさしています。

上記の事から、怨憎会苦とは、怨み、憎み、嫌いあう相手と会わなければならない苦しみ。のことを意味しています。

怨憎会苦のビジネスシーンでの使い方

怨憎会苦はビジネス用語ではなく、仏教用語です。

ビジネスの世界をはじめとし、人が生きる上では職場の同僚などに気が合わない、どうしても好きになれない、あるいは、なにかのトラブルを原因として怨みに思う人間が出てきてしまうのは多々ある事です。

人が一度誰かを嫌いになると、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というように、相手の悪い部分しか見ず、更に嫌いになるという負のスパイラルに陥ります。

これだけでなく、自分が相手を嫌う気持ちは必ず相手にも伝わってしまうため、互いが相手を嫌う気持ちは更に深くなっていきます。

もし、怨憎会苦と表現するほど嫌う気持ちのせいで、必要な協力ができなければ、自分が困るだけでなく周囲にも迷惑をかけてしまうでしょう。

三国志では、魏の将軍である張遼・李典・楽進の三人は怨憎会苦といっていい間柄にありましたが、曹操は彼らを信頼して重要な拠点の守護を任せ、彼らは、「私怨をもって公儀を忘れない」とし、見事曹操の信頼に応えました。

怨み・憎しみを越えて、張遼・李典・楽進のように、なにを最優先にするかを考えて行動するようにしましょう。

怨憎会苦の使い方と例文

怨憎会苦 所不愛者而共聚集。
出典:「北本涅槃経」
昨日は西海の波の上にただよひて、怨憎会苦の恨みを扁舟の内につみ、けふは北国の雪のしたに埋れて。
出典「平家物語 巻第十二」
私の同僚に、怨憎会苦の状態の人たちがいるが、彼らは必要なときには私怨を越えて協力し、成果を出している。