おそれ入谷の鬼子母神の意味とは

おそれ入谷の鬼子母神(きしもじん)は、「おそれ入った」という意味をシャレにした言葉です。

仏教の神に数えられる鬼子母神は元々「他人の子供を喰らう鬼」でした。
しかし、最愛の末子を釈迦に隠されて嘆き悲しみ、改心して母子の守護神となったのです。
この鬼子母神像が祀られている東京都台東区の「入谷(いりや)」を、「おそれ入りやした」の語にひっかけたのがこのことわざです。

誰かが偉業を成し遂げた時や、自分を打ち負かした相手に対する賛辞として用いられ、比較的年配の方には馴染みのあることわざでしょう。
エッセイストとして有名な作曲家・團伊玖磨氏は、代表著書『パイプのけむり』の中で度々この言葉を使用しています。
また、「痛みいる」をモチーフとした改変型の「痛み入谷の鬼子母神」バージョンも多く登場しています。

ビジネスでは、気軽な対応の出来ない新規のビジネスパートナーなどには、用いるべきではありません。
あくまでも「気心の知れた相手にこそ使える言葉」であることを心得ておいてください。

若い方には馴染みの薄い言葉ですが、台東区近辺に土地勘のある相手なら「入谷の鬼子母神をご存知ですか」など、コミュニケーションのタネになるかもしれません。

おそれ入谷の鬼子母神の例文

「入社したての新人が、幹部相手の初プレゼンで完璧な提案をしてみせた。彼の知識とリサーチ力はまさにおそれ入谷の鬼子母神だよ。」
誰かを褒めたい時に、サッと使える用法です。
「御社の飽くなき探求心とお客様への対応姿勢には、私共もおそれ入谷の鬼子母神で、頭が下がる思いです。」
ライバルや競争相手を認める時にも使えます。