禍福は糾える縄の如しの意味

前半部分の「禍福」とは、思わぬ不幸と幸福のそれぞれをさす言葉で、後半部分の「糾える縄の如し」とは、縒り合わさっている縄のようだという意味の言葉です。

上記の事から、禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし)とは、不幸と幸福はまるで縒り合された縄のように交互になるものだ、というやや哲学的な意味をあらわすことわざです。

同義語には「苦あれば楽あり(くあればらくあり)」「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり(しずむせあればうかぶせあり)」などがあります。

禍福は糾える縄の如しのビジネスシーンでの意味

禍福は糾える縄の如しということわざは、ビジネス用語ではありません。

しかし、ビジネスにおいて常に好調ということはなかなかなく、好調があれば不調もあります。ビジネスにおける浮き沈みは決して珍しくないため、ビジネスシーンでも使われることがあります。

ビジネスにおいて失敗した部下を上司が励ますとき、売り上げが落ち込んでしまって盛り返そうと社員に檄を飛ばしたいとき、会社が急成長して浮足立っているときなどは、使われやすいシチュエーションです。

禍福は糾える縄の如しの例文

失敗した部下を励ますため、「禍福は糾える縄の如しだから元気を出せ。」と、上司は慰めの言葉をかけた。
「禍福は糾える縄の如しだからきっと売上を盛り返せる。」と、部長は社員に対して檄を飛ばした。
「会社は急成長しているが、禍福は糾える縄の如しだから気を引き締めていこう。」と、社長は社員の気持ちが緩まないよう声かけした。