国破れて山河あり(くにやぶれてさんがあり)とは

国破れて山河あり(くにやぶれてさんがあり)は、国が戦乱のため滅びても、山や川の自然は昔と変わらずもとのままの懐かしい姿で存在していることを、感慨深くいったことわざです。

第二次大戦後の日本では、この言葉がよく使われていたそうです。
国の復興のため、国民を勇気づける言葉として使われ、国破れては、国敗れてとは書かず、あくまで天災ではなく人為的に破壊され荒れ果てた状態をさしています。

国破れて山河ありの、ビジネスシーンでの意味

「国破れて山河あり」は、ビジネス用語ではありませんが、かつてのDCブランドブームやITバブルなど、景気や需要の増大による栄枯衰退が極端に生じた業界においては、しばしばそのたとえとして使わざるを得ないような状況があります。

国破れて山河ありの例文

バブルが崩壊して、この土地も廃れてきた。
まさに、国破れて山河あり…。
かつての勤務先のビルは解体され、もはや見るべくもありません。