邯鄲之夢の意味

邯鄲之夢(かんたんのゆめ)の意味は、人の世界の繁栄は儚い、人の人生は儚いというたとえです。唐の時代の古典作品「枕中記」に由来する以下の故事の内容が由来です。

邯鄲之夢の由来となる枕中記の故事

中国趙の時代、盧生が、なかなか科挙に受からず人生の目標も定まらず故郷を離れた旅の途中の「邯鄲(町名)」で仙人と出会い、己が不幸を語ったところ、夢がかなうという枕を授かりました。

その枕を使うと、みるみる出世し美しい嫁も貰い、波乱万丈ながら栄華を極め国王にも誉れ高い人生を送ります。

しかし、やがて子や孫にも恵まれながら、年には勝てず眠るように死んで目を覚ますと、粟かゆがまだ煮えてもいない、つかの間の夢の中の出来事でした。

盧生は、人生の栄枯盛衰をすべて見て欲を払っていただいたと礼をいい、故郷に帰りました。

 

邯鄲之夢のビジネスシーンでの使い方

邯鄲之夢はビジネス用語ではないため、ほとんど使われないといってもよい言葉ですが、ビジネスシーンに生きる人であれば常に競争や試験にさらされており、盧生のような気持ちで日々を送る人も多いでしょう。

かつての厳しい科挙試験に夢破れる多くの若者を慰めたであろう文学的価値観とは別に、邯鄲には時を下ると就寝中の盗難被害や泥棒などあまりよくない意味も持ちます。

ビジネスシーンで使われた場合には、人生には成功者も敗者もいないという哲学的な考え方に至る場合がしばしば見られます。

邯鄲之夢の例文

部長が華々しく定年退職した後、ほどなくして□次長も早期退職の道を選び、静かに去って行きました。
ほとんど同期ながら会社人生が対照的だったお二人のその後の第二の人生は、やはりそのままの通り、第二の人生をそれなりにご活躍されている様子です。
部長に比べ活躍の場がなく窓際的存在だったの□次長が最後の席でつぶやいた、「邯鄲之夢だよ」という言葉が印象的でした。Uターンをして故郷でご両親の介護をしながら、長年の趣味を生かせる職に就いたのだそうです。