斎戒沐浴(さいかいもくよく)とは

斎は心の穢れを清め、戒は己の過ちを戒め、沐は髪を洗い、浴は身体を洗う事です。
すなわち、斎戒沐浴とは神仏に祈りを捧げるなど神聖な仕事に従事する時、その前にや己の言動や過剰華美な飲食などの行動全般を慎み、心身を洗い清める事をあらわします。

例えば、密教・修験道・神道の修行で行われる滝行もその一つで、自然界の清廉な水に打たれ浸かる事で俗界の汚れにまみれた髪・身体を清浄にし、心に溜まった雑念・妄念・欲など俗界の汚濁を拭い去ります。

外国にあってはインドにおけるヒンドゥー教のガンジス川沐浴や、キリスト教の聖水式などもこれに類するものでしょう。

人はこの世に生まれ出た時に与えられた天賦があり、その上にこの世で成長する過程で正邪両方の知識を重ねていきます。

一般社会に生きる私達にとっては、自己の生き様を振り返り、下界の生活で積み重なった諸々の現実的汚濁を反省するという意味で斎戒沐浴が実は必要でしょう。
つまり持って生まれた資質はともかく、その後に獲得すべき正しい生き様の為に、常に斎戒沐浴の精神を心掛けねばならないと意訳する事ができるのです。

斎戒沐浴のビジネスシーンの使い方

ビジネスにおいてはここが正念場というシーンが少なからず出来します。

こんな時は、己の全知全能を尽くした後に天命を待つしかありません。

この様な事態に勝ち残る為には、天賦の才だけに溺れない日々の最善の努力が不可欠だといえます。

斎戒沐浴の使い方と例文

悪(みにく)き人ありたりと雖(いえど)も、斎戒沐浴、則(すなわ)ち以って上帝を祀るべし。
出典:孟子『孟子 離婁篇』
そしてとりあえず清右衛門と二人、斎戒沐浴して神牌を社殿におさめ、浄誉とつれだって江戸へもどった。
出典:杉本苑子『玉川兄弟』
さてできる事は全部は全部やった。あとは斎戒沐浴して○○神社にお参りでもしておくか。